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Pontificio Istituto Missioni Estere
  カトリック・ミラノ外国宣教会(P.I.M.E.)では、日本に住む青年たちを対象として、「海外での体験学習」を開催しています。
異文化の価値観に触れるこの体験学習の様子をどうぞご覧ください。

現地の子どもたちと

フィリピンでの体験学習 2006

参加者の声

フィリピンでの体験学習を終えて


Mary Queens of Apostles Parish
カトリック・ミラノ外国宣教会の企画により、ホームステイとボランティア活動、現地の教会の青年たちとの交流を手段に、1.異文化を通して自分の視野を広げよう、2.異文化と触れ合おう、という目標を掲げ、8月21日から28日までの8日間、フィリピンの首都メトロ・マニラにて体験学習を行った。フェルッチョ神父様、マルコ神父様(カトリック唐津教会)のご指導のもと、東京チーム7名、九州チーム8名の総勢15名が参加した。


マニラの住宅地
モンスーン型気候の常夏の国・フィリピンは、6月から11月までが雨期に当たる。梅雨のように湿度は高いものの、意外にも、慢性的なヒートアイランド=東京よりも過ごしやすく、日中の室内は、窓を開放して扇風機があれば十分であった。もちろん、少し動けば汗ばむ程であったし、すっかり日焼けして真っ黒になったが、日陰に入ると涼しく、時折見舞われる雨期特有のスコールの後はひんやりとして気持ちがよかった。

早朝からの喧騒、喉が痛くなる程の町中の排気ガス、地域によっては悪臭とさえ言える独特の臭気、そして強い雨の後は路地が水浸しになる有様であった。下水設備も整っておらず、家庭内の水資源は月に一度の給水で補われている環境で、お風呂は言うまでもなく水風呂、部屋の中は昼間でも薄暗かった。痩せこけたノラ犬やノラ猫を横目に雨水で覆われた路地をびしょびしょになって歩きながら、私たちの住む日本が、実に様々な面で恵まれていることを実感した。


ノラ犬
このような環境の中で7泊8日を過ごしたが、1泊目と最後の2泊は現地のカトリック・ミラノ外国宣教会Mary Queens of Apostles Parishの司祭館に宿泊し、中4日(2日目から5日目)は現地の家庭でのホームステイ。その間、午後はボランティア活動のためにいくつかの施設を回り、現地での活動最終日(7日目)にはマニラの中心部に位置するイントラムロス地域の観光を行った。

3日目にアテネオ・デ・マニラ大学で教鞭をとる百瀬文晃神父様(イエズス会)より、フィリピンの歴史・文化・宗教についての話をうかがい、フィリピンという国についてのアウトラインを理解できたが、これは活動に臨むに当たって大きな助けとなった。そして、実際にマニラで出逢った様々な体験を経て、こうした知識や想像が「実感」へと結実したと思う。
さて、私たちのマニラでの体験学習は、3つの大きな柱に分けることができた。


1. 現地の家庭でのホームステイを通した体験


ホストファミリーと一緒に
参加者が2~3名ずつの7グループに分かれてホームステイを行ったが、各家庭の状況を聞くと、家族構成や家庭のあり方は各様で、生活スタイルや調度品などから、さほど大きくはないものの生活水準の差も感じられた。

私が滞在したTacasa家は、父親はブルネイで働いており、母親と子ども2人(7歳、10歳)がマニラで生活をしているという家庭だった。多くの家庭は親戚や友人などの出入りが激しく、「誰が家族だかよくわからない」という周囲の話とは異なり、この家庭は、何らかの目的の外には人の出入りは殆ど無かった。

教育熱心な母親は、私とわずか1歳の違いという同世代で、ホストマザーではあるが、友人に近い感覚で接することができ、フィリピンという国や教育の問題、生活の上での苦労、彼女自身の気持ちの問題などを包み隠すことなく正直に話してくれて、ありのままの姿を私たちに見せてくれた。


バスケットコート
子ども2人が私立小学校に通うこの家庭は、フィリピンの水準よりは裕福だと言えるのかもしれないが、居住環境など決して整っているとは言えない。近所には学校に通えない子どもたちもおり、家の目の前のバスケットコートは、早朝より幼少の子どもから青年に至るまでが集っていたが、彼女はこうした環境も問題に思っているという。


毎朝5時に起床して6時過ぎに家を出、ペディーキャブ(自転車型タクシー)、トライシクル(オートバイ型タクシー)、ジプニー(ジープを改造したバス)を乗り継いで子ども2人を学校まで送る生活を体験させていただき、子どもを送り届けた後の彼女の一日の過ごし方も聞くことになったが、そこからは「全ては子どものために」と自分自身を犠牲にし、年に一度しか会うことができない父親の分まで、子どもたちを育てることに全霊を傾ける母親像を見ることができた。子どもたちは母親の信念を感覚的に理解しているのか、2人とも母親の言うことをよく聞き、勉強にも遊びにも積極的な珍しい程のいい子たちであった。


通学路(ペディキャブ)
Tacasa家では決して楽ではない生活の中、3人もの日本人の滞在を快く受け入れてくれ、毎度の食事の際にはフィリピン料理や果物などを用意して、心から私たちをもてなしてくれた。予定の時間よりも帰宅時間が遅れたときには、まるで我が子のように私たちを心配してくれた。彼女の温かい気持ちが真っ直ぐに伝わってきて嬉しかったし、日頃心配をかけている日本の母のことを思い出して反省したりもした。

彼女に出会えたことで、家族を守ることや愛することに幸せを感じるという、最も基本的なことの大切さを教えられたような気がしている。


2. ボランティア活動を通した体験


St.Francis School
5名前後の3グループに分かれ、3日間(3日目~5日目)に亘り、聾者の教育のための奉仕をされている佐藤宝倉神父様(フランシスコ会)のご指導のもと、ボランティア活動を行った。ボランティア先は、1. 「St. Francis School」(聾学校)での子どもたちとの交流、2. 「Hospicio de St. Jose」(ホスピス。マニラで言うホスピスは死を迎える人たちのみでなく、生まれたばかりの乳児から老人までを収容している)での子どもたちや障害者、老人との交流、3. 「Philippine St. Francis of Assisi Deaf Center(アシジの聖フランシスコ・デフ・センター)」(聾者の独立、職業支援)での手話や歌、遊びを介したスタッフとの交流、「St. Pedro Bautista Church(洗礼者ヨハネ教会)」の見学、「Maria Spes Working Center(マリアスペス作業所)」(日本人シスターによって開設された、クロスステッチを用いた製品の製作・販売を行う職業支援のための作業所)の訪問、この作業所に通う「スラムに住む女性の自宅」の訪問であり、各グループが1日ずつ順番に回って活動を行った。


Hospicio de St.Jose
日本から持って行った遊び道具──紙芝居、折り紙、大縄、けん玉、水風船、しゃぼん玉、福笑い等の日本的なおもちゃ──をグループごとに分け、現地の人たちと交流し、会話を交わし、彼等の日常の様子やバックグラウンドを知ることができた。佐藤神父様からは、フィリピンで手話を指導する際に、「言葉」ではなく「気持ち」そのものを表現するためにご苦労されたとうかがったが、Philippine St. Francis of Assisi Deaf Centerで見せていただいた手話が、踊りのように美しく、情緒豊かであることには感激した。

「日本人は物質的な意味では本当に豊かであるが、精神的には貧しい人たちである」とはマザー・テレサの来日の際の言葉であるが、この言葉を何よりも実感したのが子どもたちに触れた時だった。


現地の子どもたちと
子どもたちが私たちを迎えてくれたときに、歓迎の言葉はなかった。その代わりに、生き生きと目を輝かせ、嬉しそうに微笑みながら私たちに抱きついてきてくれたのだ。これはどんなねぎらいの言葉よりも嬉しい行動であった。
以前、「愛情不足の子どもほど見知らぬ人にも甘えてくる。日本の多くの子どもたちは愛情を受けている分、特に他人を受け容れるでもなく、白けた態度をとったりもする」と聞いたことがある。この言葉だけを考えると、フィリピンの子どもたちは愛情不足で可哀想なのだと受け取れるのかもしれないが、フィリピンの子どもたちの疑うことなく真っ直ぐに他人を受け容れる様子には何とも言えない喜びを感じたし、遊びや歌を通して次第に距離が縮まり、人見知りな子どもが次第に心を開いて喜んでくれたことなどに触れると、「ここに来てよかった」と痛感した。

また、孤児や学校に行けない子どもたちは、日本の多くの子どもたちよりもずっと恵まれない環境にあるのに、子ども同士であっても互いを尊重し合い、物を分け合う際も自我を抑えて他人への気遣いを忘れていなかった。全てを素直に受け容れ、他人を気遣う優しさを持っているのだと感じた時に、マザー・テレサの言う「豊かな心」が何を意味しているのかを実感できたように思う。


スラムの家
そして、驚かされたのは、これは子どもたちだけのことではなかったことだった。自分たちが生活して行くだけでも不十分な環境の中、クロスステッチ作業所のマリアスペスで働く一女性が、私たちを自宅に招いてくれたのである。橋の下に位置する、線路沿いに密集した家々の一角が彼女の自宅であったが、わずか5畳程度のスペースに、ところ狭しと置かれた生活に必要な道具類、その奥にある垂直に近いはしごを上りきった二階の斜めに傾いた床には、片隅に布団やら何やらが押しやられていて、全員が座ることのできない狭い居室に案内してくれたのだった。「ここでどうやって生活するのだろうか」と思わせるような環境で、この家の子どもたちの肌にできた黒い斑点を見るだけで、この地域や各家庭の環境が非常に不衛生であることもわかったが、彼女は私たちを歓迎してくれ、それだけに、ありのままの気取りのない厚意が本当に嬉しかった。


Missionaries of Charity
3箇所を回った翌日(6日目)は、全員で「Missionaries of Charity(神の愛の宣教者会:マザー・テレサの家)」を訪れ、学校に通えない子どもたちや、死を迎える人たちとの交流を行った。ここで出会った子どもたちの自然で明るい、生き生きとした様子が、マニラで出会った子どもたちの中で一番輝いていたのが印象的だった。

ボランティア先へ向かう車内では、それぞれのグループが、歌や、手話を用いた歌の練習をしていた。渡比前に十分な練習ができず、現地でも全員が揃う機会が少なかったためでもあったが、それぞれのグループが「上手な歌を聞かせてあげたい」という気持ちを持って夢中になって練習に臨んだことは、フィリピンで出会った人たちに対する私たちの気持ちの表れに外ならないと言える。

老人たちを訪問し室外へ出た後、彼等への感謝と励ましの意味を込めて全員で「マラナタ」を歌った。身体の自由が利く何人かは、外へ出てきてくれたり、窓から私たちを見ていてくれた。歌い終わった直後に激しいスコールがあり、轟音とともに雨水がなだれ込んで来たが、まるでスコールが歌い終わるのを待っていてくれたような絶妙なタイミングに、私たちの気持ちが届いたような、そんな気がしてならなかった。


3. 東京・九州の交流、現地の青年との交流


全員によるミーティング
事前に何度か顔を合わせていた東京チームはすっかり打ち解けていたものの、九州チームとはE-mailやインターネット上の掲示板でのやりとりがメインで、十分なコミュニケーションが得られていなかったのが実際だった。また、九州チームは、九州各地および沖縄に居住していたため、全員が事前に顔を合わせたのは実に一度だけだったそうだ。

参加者全員の年齢や生活環境、個々が抱えている問題、体験学習への参加のきっかけや期待は様々であり、全員がそれぞれ自分なりの意識を持って参加していたのが、この度のフィリピンでの体験学習であったように思う。このような状況の中、現地で初めて顔を合わせ、食事やゲーム、活動を通して打ち解けることができたのは、日常生活の中では得難い経験であったし、これまでこうした機会が少なかった私は、自分自身が少しの勇気を出して積極的に受け容れることが互いの分かち合いとなり、活動を通して一つの輪につながり合えたと感じている。


マニラの青年たちによる手話の踊り
また、現地の青年たちが長い時間をかけて準備してくれた交流会では、組織の説明や歌や交流のためのゲーム等を通して、互いの分かち合いを成功させようと、行き届いたプログラムが組まれていた。しっかりとしたコンセプトを持った、綿密なプランのもとで行われたものだとわかったときには、感謝の気持ちでいっぱいになった。




ミサ
最終日のミサ、私たち皆が号泣した。各人がそれぞれの思いを背負ってフィリピンへと渡ったが、一週間という時間を共に活動した経験や感動が、このミサで一気に溢れた。フィリピンという国のほんの一部にしか触れられない一週間の体験であったが、このかけがえのない “たった一週間” の重み、その見えない成果がミサでの涙なのだと思う。生涯忘れられない、感動的な体験であった。


報告会の様子
帰国後、東京・九州と再び離ればなれになってしまったが、互いのコミュニケーションは今も続いており、「フィリピンのために何かしてみよう」という意志によって、現在、参加者全員による文集の制作と、各所属教会での報告会の準備を進めている。与えられることの多かった今回の体験学習で、参加者全員が得たものを今後も忘れずに残しておきたいという思いと、私たちが体験したフィリピンという国の現状や現地の人たちとのつながりを、一人でも多くの人たちに伝え、考えるきっかけを持って貰うことが目的である。

報告会を通して一人でも心を動かされる人が出てきてほしいし、このような体験学習が今後も続いてゆき、多くの人たちが他国に目を向けて互いに手を取り合い、「何かできないか」という気持ちになってほしいと希望している。



フェルッチョ神父様とマルコ神父様
最後になったが、かけがえのない経験を与えてくださったフェルッチョ神父様、マルコ神父様、マニラのスティーブ神父様、ロベルト神父様、百瀬神父様、佐藤神父様、現地で支えてくださった皆様、体験学習に参加できなかった友人たち、フィリピン行きに当たって協力してくださった皆様、体験学習の成功をお祈りくださった教会の皆様、そして、参加者一人ひとりの気持ちを文字通り一つにつなげてくれた、この体験学習のリーダーに、心からの感謝を捧げたいと思います。

メッセージ

「夢中」

ビアンキン・マリオ

日本管区本部

カトリック・ミラノ外国宣教会
日本管区本部 (P.I.M.E.)

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東京都多摩市
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本の紹介

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